Kichi’s Universe吉の物語
00 始まりのお話
始まりははるか昔、有名なイソップ寓話「狐と葡萄」です。
それは次のようなものでした。
1匹のキツネが、高い木の枝に巻きついたつるにぶら下がる、たわわに実ったブドウを長い間見つめていました。
キツネはそのブドウを手に入れるために飛びつきましたが、てんで届きません。
そこで、少し離れて首を思いっ切り伸ばして跳びはねてみましたが、またしても失敗してしまいました。
キツネは何度も何度も跳びはねますが、ちっともうまくいきません。
「酸っぱいブドウに決まってる!」
ぷんぷんと怒ったキツネはそう言い残してどこかに行ってしまいました。
この短いイソップの物語が伝えているのは『手に入らないものを悪く言ってはいけない。』ということです。
さて、このお話は地中海沿岸を中心に世界中に広がり、やがて日本にも伝わりました。
このお話以来、キツネは負けず嫌いなやつだと、世界中が思うようになりました。
そして、狐と葡萄の不思議なつながりも、ここから始まったのです。
例えば、世界で最も酸っぱいブドウの一つであるラブルスカ種の特徴ある匂いを「狐臭」「フォクシー・フレーバー」と名付けるようにもなりました。
それから何年も何十年も経ちました。
「こんなのウソだ!不公平じゃないか!」とキツネの吉は思いました。
吉は、代々伝わる家業であるワイン作りを行う、醸造家のキツネです。
吉は、このイソップの物語によるキツネへの誤解を解くことを、自分の義務であるように感じました。吉には、このお話がぜんぶ大きな誤解だとわかっていたからです。
「狐と葡萄」のキツネは八といって、吉のおじいさんでした。
八は、ブドウのことならなんでも知ってる偉大な醸造家でした。
八はお話の中のブドウがカリニャンであることを知り、よく見ようとして飛びついただけだったのです。カリニャンの実は熟し始める直前は特に酸味が強いため、「酸っぱいに決まっている」と八は言い残したのです。
吉は、ワイン造りの仕事を求めて、日本中のブドウ園やワイン店を渡り歩きました。
しかし、どの扉もすぐに閉ざされてしまいました。
「キツネなんて、ブドウのことなど何も知らないだろう!」
「まあ、キツネだわ!あなたたちはブドウを酸っぱくするだけ!あっちへ行って!」
ある日、吉はブドウ狩りをしていた人間たちの猟犬に襲われ、森の奥へと逃げ込みました。
吉はだんだんと希望を失っていきました。
そして、ワインの醸造家として家業を続ける唯一の方法は、ワインの愛好家たちが集まる『フォックスアカデミー』に入門させてもらうことだけだと考えました。
吉はわずかな希望を抱き、フォックスアカデミーを訪れ、ドキドキしながら門を叩きました。