美味しいワインを造るには原料であるブドウ選びが重要!ワインに合ったブドウを使って適切な方法で造る、素晴らしい香りのする天国のようなワイン。この記事では、何百種類もあるブドウの中から、僕がおすすめするブドウで造られた白ワインを紹介していくよ。
Kichi's Journal吉のワイン⽇記
2023/07/01
マルベック 〜サウスアメリカンドリームの実現〜
ワインを造り、世界中のワインについて学び、そしてワインをこよなく愛するキツネの吉だよ。
世界中のすばらしいワインをみんなに知って欲しいと思っているんだ!
このブログでは、ブドウやワインのこと、生産国や歴史について、僕が知っているちょっとした豆知識を紹介していくね。
エキスパート
マルベックの起源
マルベックの起源については、いろいろな説が飛び交っているんだ。
ドイツやハンガリーから伝わったという説もあれば、ローマ人が六角形の国土を持つフランスを征服したときに植えたのが始まりという説もある。
ただひとつ、12世紀から13世紀にかけて、当時フランスで権力を持っていた女王、アリエノール・ダキテーヌの治世のもとで、マルベックが最盛期を迎えたことだけは確かなんだ。
女王がこのブドウの褐色の果汁(当時は黒ワインと呼ばれていたよ!)を気に入ったために、ボルドー地方でマルベックが大量に栽培され始めた。
特にフランス南西部にあるカオールという町が、その代表となったんだ。
カオールはマルベックの代名詞となり、ブドウそのものがカオールと呼ばれるようになったほどさ。
特にアリエノール・ダキテーヌがイギリスの王族に嫁いだ後、イギリス人の間でフランスワインのブームが起こったために、この町は一躍有名になった。
これはイギリスでの需要を満たすために必要なマルベックワインのほとんどを、カオールが供給することになったからだよ。
(あまり歴史について深堀りすると、読者のみなさんが退屈になっちゃうかもしれないから、この辺にしておこう。)
マルベックの欠点
でもマルベックは、フランスとイギリス両国の王室御用達のお墨付きをもらったにもかかわらず、その悪評を払拭することができなかったんだ。
その理由はいくつかある。
まず1つめの理由として、マルベックにはオーセロワ、プレサック、コート、プラント・ド・ロットなど、何百もの別の名前があったこと。
これは他のブドウにも言えることだけど、残念ながらワインの世界では、大量生産で高品質のワインはほとんどないんだ。
2つめの理由は、マルベックはボルドーワインに少し使用されていただけで、他のブドウの重要性に比べれば微々たるものだったこと。
そのため、ブレンドワインを造るときには、マルベックは他のワインに簡単に置き換えることができたんだ。
3つめとして、フランス産のマルベックは果汁が乏しいことで有名だってこと。
これは当然と言えば当然で、マルベックはそもそも、太陽を好む品種なんだ。
だからフランスのように平均気温が低い国では、完熟してポテンシャルを発揮することができなかったのさ。
4つめの理由は、マルベックの未来への展望を完全に断ってしまうような真のクーデターが、18世紀半ばにフィロキセラの災禍によってもたらされたこと。
苦境に立たされたブドウ栽培者は、フィロキセアの被害から立ち直るために、どのブドウを植え替えるかを決めなくてはならなかった。
これまで書いたような状況を考えると、この時にマルベックが優先順位の一番下に置かれることになってしまったのも仕方ないことかもしれないね。
マルベックの可能性を信じ続けた楽観的な生産者たちも、1956年、霜に弱いこのブドウが記憶にないほど厳しいフランスの冬に倒れてしまったことで、希望を捨てざるを得なかった。
これが棺桶に最後に打ち込まれた釘で、フランス人に「ça suffit(もうたくさんだ)」と言わせることになったんだ。
つまりマルベックは、その名前と共に、忘却の彼方へと葬り去られてしまったんだよ。
荒波を乗り越えたマルベック
1900年代初頭に、アメリカの東海岸にあるエリス島に船がたどり着いたときの象徴的な映像は、映画ファンなら必ず記憶に焼き付いているんじゃないかな。
あのシーンは、国籍や人種、信条に関係なく、自由と機会に満ち溢れた土地で、一生懸命働けば自分の運命を切り開くチャンスが平等にあることを約束された世界中の人々が、新たなスタートを切ったことを描いているんだと思う。
19世紀半ばに人々が新天地を目指したとき、マルベックも同じような運命をたどったんだ。
もちろん、現実的にマルベックはブドウの木であって人間ではないけれど、ニューヨークへの移民と同様に船に乗ってやってきたことは事実だよ。
マルベックといえばアルゼンチンの空色の国旗を思い浮かべる人が多いかもしれないけれど、1840年に初めてマルベックを迎えたのは実はチリの一つ星の旗だったって知ってた?
大西洋と太平洋の公海を横断し、マゼラン海峡の危険な風と高波に耐えて揺られ続けたマルベックの旅は、実に劇的だったんだ。
サウスアメリカンドリーム
こうしてマルベックは、ついに安住の地を見つけた。
暖かい気候と乾燥した土地は、マルベックの成長にとって理想的だったんだよ。
マルベックは、フランスのワインメーカーが夢見るような果実味と力強さを備えていた。
アンデス山脈を越えたところにあるチリの隣国、アルゼンチンは、マルベックを栽培するのに十分な土地を持っていただけでなく、同じように理想的な条件も揃っていたんだ。
このことから、アルゼンチンはマルベックに興味を抱き始め、1853年に初めてマルベックの栽培を開始した。
これは国家的な課題の一部となるような重大な試みで、マルベックの栽培によって政治的な支持を集めることができるくらいだったんだ。
こうして植樹を積極的に推し進めることで、アルゼンチンは世界最大のマルベックの産地となり、その記録は今日に至るまで続いているってわけ。
アルゼンチン産マルベックとカオール産マルベックは、とってもよく似ているんだ。
果実味だけでなく、独特のスパイシーさとベルベットのような質感は、フランスの生産者が夢見たものでもあるよ。
現在、アルゼンチン産のマルベックは世界的に有名で、その生産量の大半はアルゼンチン国内で消費されていることでも知られている。
そう、マルベックは大成功したんだ。
これぞ、サウスアメリカンドリームの実現と言えるよね。
チリのマルベック
ところで、チリのマルベックはどうなったんだろう?
チリでは19世紀を通じてボルドースタイルのワインを再現することが目指されていたため、カベルネ・ソーヴィニヨンなど他のブドウ品種がマルベックよりも優勢になったんだ。
というわけで、質問の答えは「あまりない...今までは」かな。
でも最近、マルベックのパワーと推進力に興味を持った醸造家たちが現れ始めた。
彼らはフランスやアルゼンチンを真似るのではなく、この素晴らしいブドウに全く新しいチリの個性を与えようと、チリでマルベックを積極的に栽培するようになったんだ。
クール・クライメイト・マルベック
今回GrapeFoxでは、マルベックをとっても興味深く新解釈したクール・クライメイト・マルベック(冷涼な気候で栽培されたマルベック)をお届けするよ。
このブドウ栽培のスタイルに関しては、チリではアッティリオ&モキほど優れた人はいないと言っていいんじゃないかな。
アッティリオ&モキのマルベック2019とトゥンケンマルベック2021は、権威あるワイン評論家協会によって、チリで最高のマルベックに選ばれたんだよ。
マルベック2019は、クール・クライメイト・マルベック(コースト・マルベック)で、香りにはラズベリー、プラム、ブルーベリー、スミレが感じられる。
味わいには、生き生きとした酸味、ブラックベリー、カシス、チェリーに、ヨードの爽やかなタッチが加わる。
このワインは、トリュフ入りのピザ、シャルキュトリー、タレッジョやペコリーノ・サルドなどのイタリアンチーズと相性ピッタリなんだ。
他にも、トマトを使った料理やタコのグリルなどにもよく合うよ。
トゥンケンマルベック2021は若いマルベックから造れていて、さらにミネラルが強く、低い温度で楽しめる一本なんだ。
香りはスミレやブルーベリーに加え、杉や黒スグリの香りが漂うよ。
口に含むと、高い酸味とブラックチェリーやリコリス、カシスのフレーバーが感じれれて、素晴らしく口当たりが良いんだ。
パスタやピッツァにもよく合うよ。
読者のみなさんが今、何を考えているかわかってるよ。
体重に気をつけなくちゃ...。
このワインと料理の素晴らしい組み合わせを堪能していたら、すぐに体重オーバーになってしまう!
まあ、とりあえずダイエットは後回しにして。
カンパイ!
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