美味しいワインを造るには原料であるブドウ選びが重要!ワインに合ったブドウを使って適切な方法で造る、素晴らしい香りのする天国のようなワイン。この記事では、何百種類もあるブドウの中から、僕がおすすめするブドウで造られた白ワインを紹介していくよ。
Kichi's Journal吉のワイン⽇記
2023/08/30
パイス〜使命をおびたワイン〜
ワインを造り、世界中のワインについて学び、そしてワインをこよなく愛するキツネの吉だよ。
世界中のすばらしいワインをみんなに知って欲しいと思っているんだ!
このブログでは、ブドウやワインのこと、生産国や歴史について、僕が知っているちょっとした豆知識を紹介していくね。
エキスパート
時は16世紀。
何世紀にもわたる戦争、疫病、災害に見舞われ、疲弊したヨーロッパ大陸は、新たなインスピレーションを模索していた。
ようやく暗黒の時代の触手が緩み、ルネサンスが表面化してきたんだ。
美や独創性、新たな発見が賞賛された時代でもあったと言えるんじゃないかな。
当時は多くの人が、埃まみれの書物に記された古代ギリシャやローマの知識を頼りにしていた。
また、望遠鏡を覗いて、野望を遥か彼方に求めた者もいた。
彼らは、紺碧の大海原の向こうに何が隠されているのか、知りたくてたまらなかったんだ。
そしてスペインほどこの野心が強く表れた国は、他にはないと思う。
いざ、エルドラドへ
フェルディナンド王とイザベラ王妃の下、スペイン人はイベリア半島における8世紀にわたるムーア人の支配を終わらせた。
勝利の熱はなかなか冷めなかったけれど、当時、国庫はいまだかつてないほど枯渇していたんだ。
そこでスペイン王政は、開拓すべき土地、改宗すべき原住民、そして黄金があるとして、コンキスタドール(16世紀にスペインから新大陸に派遣され現地の国家を征服した人)たちに西への出帆を命じた。
スペイン兵の間に広まっていたエルドラド伝説によると、そこは金で覆われた神話的な都市であり、川には貴重な金属が流れているとされていた。
黄金の都市への夢が彼らのガレオン船に大きな推進力を与えたのは、間違いないんじゃないかな。
コンキスタドールの侵略
こうしてアメリカ大陸に到着したスペイン人コンキスタドールは、メッキの鎧に威厳のある顔立ちで、白人はもちろん馬さえ見たことがない原住民に強烈な印象を与えたんだ。
実際、原住民はスペイン人と馬は切り離せない一体のものであると考えたんだよ。
そして、スペイン人が先端に毒の付いた矢で迎えられたにせよ、それとも邪悪な神として迎えられたにせよ(多くの原住民はスペイン人を蛇の神ケツァルコアトルだと信じていた)、勇猛なコンキスタドールの高価な金属への欲望を思いとどまらせるにはほとんど役立たなかった。
彼らは山や谷を駆け上り、危険な川を渡り、ユカタンの鬱蒼としたジャングルを横切り、村全体を荒らし、略奪したんだ。
すべてはスペイン王室の名のもとに、金の名のもとに、そして神の名のもとに行われたことだった。
ワインとキリスト教
そして、ここでワインが登場する。
キリスト教では、ワインは神の子の血の象徴であり、それを飲むことは「最後の晩餐」を思い起こさせる行為なんだ。
だから、ワインと神は切っても切れない関係にあるんだよ。
年月が経つにつれ、スペイン人は中南米の各地で原住民を強制的あるいは同意的に、キリスト教に改宗させ始めた。
「神を信じない異教徒の魂を救う」ため、というのが彼らの主張なんだけどね。
そのためには、膨大な量のワインが必要だった。
パイスの栽培
こうして、北米ではミッション、アルゼンチンではクリオラ、チリではパイスとも呼ばれるリスタン・プリエトというブドウの栽培が開始されたんだ。
これは当時のスペイン国王が、スペインから直接ワイン樽を送るよりも、このブドウを新スペイン各地に植えたほうが兵士の費用対効果が高いと考えたからだよ。
チリでは、原住民への伝道のために、何十万ヘクタールにも渡ってリスタン・プリエト/パイスが植えられた。
そしてこの土地で醸造された唯一のブドウとして、スペインから独立を果たすまで何百年も、祝宴のグラスや儀式のゴブレットを満たすことになったんだ。
またパイスは、大衆用のワインとミサ用のワインの両方に使われた品種でもあるんだよ。
その後18世紀半ばになると、ヨーロッパに行く余裕のあるフランスかぶれの裕福なチリのエリートたちによって、より洗練された複雑なフランス品種がチリ国内に導入され始めた。
これによってこの地味な品種は、完全に駆逐されてしまったのさ。
フランス品種に負けたパイス
では、なぜこのパイオニア的存在のブドウがフランス品種に太刀打ちできなかったんだろう?
その答えを知ったら、読者のみなさんはがっかりしちゃうかもしれないけれど、ちょっと我慢してね。
弱いタンニンと、ブッシュベリーやチェリージュースのような田舎臭いフレーバーは、フランス品種が提供できる複雑さと洗練さにはまったく太刀打ちできなかったんだ。
こういうわけでパイスは見捨てられ、すぐにフランス品種に取って代わられてしまった。
さらに2世紀にわたって、完全に忘れ去られていたんだ。
今日までは。
パイスの復活
現代では、複雑さがないパイスの特徴は、まさにその強みとして捉えられているんだ。
スペイン人がアメリカ大陸の人々に伝道するために持ち込んだこのワインは、今ではその親しみやすさと素直さによって、ワインメーカーやワイン愛飲家の好みを変えるという独自のミッション(キリスト教じゃない方ね!)を持っているんだよ。
パイスは、民衆の飲み物であり、日々仕事に励む人たちのワインと言えるんじゃないかな。
なんて素晴らしいブドウなんだろう!
なんでかって?
そう、このブドウは洗練されてはいないし、「思いがけない展開」もなく、造られるワインは粗野と言えるかもしれない。
でもこのブドウは、ワイン造りの原点に立ち戻らせてくれるんだ。
まるで、このワインが「幸せになるために本当に必要なものは多くはない」と飲み手に語りかけているみたいだよ。
野イチゴや甘いオーチャードチェリーの気取らない香りが、たしかにそれを教えてくれる。
そういうわけで、僕はこのワインのとりこになっちゃったんだ。
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