吉 Kichi
ワインを造り、世界中のワインについて学び、そしてワインをこよなく愛するキツネの吉だよ。
世界中のすばらしいワインをみんなに知って欲しいと思っているんだ!
このブログでは、ブドウやワインのこと、生産国や歴史について、僕が知っているちょっとした豆知識を紹介していくね。
ワインの醸造家
エキスパート
創造性と文化交流が結実した夜
日本の食文化に独自の創造性をもたらす情熱的で革新的、そして先見性を持つ皆さまとコラボレーションができることに、大きな喜びを感じております。
この審美眼が厳しく競争の激しい市場において、新しいコンセプトを立ち上げることは、本当に難しいことです。
その中でも、REYが提供するような、ハイエンドなペルー料理には特有の挑戦があります。
すなわち、ワカタイや数多くの唐辛子類といった、ペルー料理に欠かせない稀少でエキゾチックな食材を調達することです。
REYという舞台〜川崎ハルオシェフと留美さんの挑戦〜
川崎ハルオシェフとその妻・留美さんは、それを実に見事に成し遂げられています。
そして、めずらしい食材を用いて、本場ペルー料理の力強い素朴さと、現代的なファインダイニングの優雅さや精緻さを兼ね備えた一皿へと昇華させるのです。
REYでの体験は、まるでリマの一流レストランに瞬時に誘われたかのような錯覚を覚えるでしょう。
このような素晴らしいレストランのオーナーであるハルオシェフと留美氏と共に、二夜にわたるコラボレーションディナーを開催できましたことは大変な名誉です。
1985年にペルーで生まれ、5歳から日本で育ったハルオシェフの歩みをご紹介いたします。
電気技術者としての研鑽を積み、建物管理や物流業務に従事した後、自ら資金を貯めて再びペルーに渡り、2年間にわたり料理の原点を探求しました。
その後は、神宮前の名高いペルーレストラン「Bépocah」でスーシェフを務め、さらには日本初の「ペルーラーメン」を自身のラーメン店「麺屋
門世」で発表するなど、その挑戦は常に革新的でした。
現在は留美さんと共に、日本におけるペルー料理の更なる高みを切り拓き続けています。今回のパートナーシップは、まさに創造性と文化交流の結実といえるでしょう。
固定観念を超えたペアリング
恒例となった事前のペアリング・テイスティングは、今回も全3回にわたりREYの革新的で型破りなソムリエ、留美さんと共に実施しました。
GrapeFoxが誇るチリ、ギリシャ、イタリアの全てのワインが候補として並びました。これは、料理とワインの世界に根強く存在する「その国の料理にはその国のワインを合わせるべきだ」という固定観念に挑戦する、留美さんならではのアプローチです。
確かに、土壌や気候に由来する一定の理は存在します。しかし、もしそれが絶対の規則であるならば、ブルゴーニュのピノ・ノワールを日本の鮪とともに味わう歓びなど決して生まれなかったでしょう。
私たちが食とワインのペアリングに臨むとき、常識的な組み合わせを無視することはできませんが、それだけでは挑戦も学びもありません。
さらに留美さんが自信をもってギリシャ、イタリア、チリのワインを選んだ理由は、ペルー料理自体が極めて豊かで多様性に富み、他文化の料理やワインを包み込み、自然に受け入れる懐の深さを持っているからです。
イタリアのヴェルディッキオ・デイ・カステッリ・ディ・イェージがアクア・パッツァと美しく調和します。大陸や文化を越え、漁師たちはその日の獲物を糧に、海に根ざした滋味深い料理を生み出してきました。イタリアのアクア・パッツァとペルーのパリウェラは、異なる食文化を体現しながらも、その精神において深い共鳴を見せます。
いずれも即興から生まれ、海が与えた魚介に郷土の調味を重ねた料理です。アクア・パッツァ(直訳すると「狂った水」)は、もともと魚を海水で煮込んだものから発展し、トマト、ニンニク、オリーブオイル、パセリ、白ワインを用いた繊細なブロードへと昇華しました。その液体は軽やかでほとんど透明に近く、魚の本質を損なうことなく伝えます。
一方で、ペルーのパリウェラは、溌剌とした力強さを持ちます。ペルー太平洋岸の漁師料理であり、魚介や貝、トマト、ハーブ、そしてアヒ・ペッパーの力強い風味が重なります。スープは深みがあり、スパイシーで滋養強壮に富み、古くから疲労回復や二日酔いの妙薬とされています。
この論理を発展させ、私たちはペルーのパリウェラにもヴェルディッキオを合わせました。イタリアの一皿よりも力強さを増した料理ですが、風味、酸味、塩味、タンパク質、そして食感の点で類似性を持っていたためです。
革新的な料理とワインの出会い
《アミューズ》
テマリ・アセビチャード
真蛸の手まり寿司
サルサと紫オリーブソース
ディナーは、まず繊細な「テマリ・アセビチャード」のアミューズから始まりました。
蛸を用いた手毬寿司にアセビチャードソースと紫オリーブソースを合わせた一皿で、ペルーと日本の食文化を見事に融合させたニッケイ料理です。
私はアミューズ・ブーシュという発想そのものをとても気に入っています。食欲を呼び覚ますだけでなく、着席して間もなく供されることで、食事を心待ちにするお客様への心遣いにもなるからです。
この料理には、ニキタ スパークリング ブリュット 2019を合わせました。
引き締まった酸ときめ細かな泡が、アセビチャードとオリーブソースの濃厚さをすっきりと洗い流し、口中をリフレッシュさせます。シャルドネがもたらす柑橘系の明るさはアセビチャードのライムの風味と響き合い、ピノ・ノワールはオリーブの旨味に寄り添う奥行きを加えました。その結果、蛸の繊細な食感が、よりクリーンでエレガントに引き立ちました。
《冷菜》
セビチェ・デ・ペスカード
REYオリジナル セビチェ
チーズとミントの香り
続いて登場したのは、今回の試食会で初めて披露されたREYのオリジナル料理、魚のセビーチェにペルー産チーズ「ケソ・フレスコ」をかけた一皿です。ギリシャのフェタを思わせるこのチーズとの組み合わせは、これまで試みられたことのない斬新な発想でした。
この革新的な料理に合わせたのは、同じく型破りとも言える選択、アティリオ&モチのカサブランカ・ヴァレー産ピノ・ノワール 2023でした。
実はこのペアリング、最初の段階では完全ではありませんでした。料理の酸味をやや抑え、クリーミーさを強めるとバランスは改善されましたが、まだ何かが欠けていました。
そこで留美さんが導き出した答えは「ハーブの香り」でした。スペアミントをほんのり加えた瞬間、魔法のような調和が生まれたのです。ワインは一気に開き、赤い果実の明るい酸味がセビーチェの柑橘を映し出しながら、魚の繊細さを損なうことなく寄り添いました。同時に、ワインが持つハーブや大地のニュアンスがミントとチーズと重なり合い、清涼感のある奥深いハーモニーを奏でました。まさに新しい美食の発見と言える一皿でした。
《温菜》
アンティクチョ・デ・コラソン
牛ハツの鉄板焼きとマケドニア風グリル野菜
赤パプリカとクミンのソース
次に登場したのは、常に主役級の存在感を放つペルー風牛ハツのグリルです。
ギリシャで親しまれるズッキーニとナスをオイルと海塩でシンプルに焼き上げ、ジューシーな旨味を閉じ込めました。さらに、赤ピーマンとクミンのソースが芸術的にプレートに刷毛で描かれ、視覚的にも完成度の高い一皿となりました。
この料理には当初赤ワインを考えましたが、それでは面白みに欠けます。そこで留美さんが提案したのが、GrapeFoxの「Veranda Rosé」、ギリシャ・マケドニア地方のアスラニス家が手掛けるクシノマヴロ・ロゼでした。
結果は驚くほどの完璧さ。料理との相性は抜群であり、同時にロゼの持つ食中酒としての大きな可能性を示す好機となりました。
ワイン界ではロゼに対して不当な偏見が存在します。「軽快で複雑さに欠ける夏向けワイン」と捉えられることが多く、その背景にはプロヴァンス産の淡いロゼが市場を席巻してきた歴史があります。
しかし実際には、数えきれないほど多様なスタイルのロゼがあり、その多くは高いガストロノミー性を備えています。このクシノマヴロ・ロゼもその好例で、白ワインの軽快さに加え、肉やスパイスを受け止めるタンニンの骨格を兼ね備えていました。
明るい酸としっかりとした構造が牛ハツの濃厚さを切り、赤い果実と旨味の要素がクミンと赤ピーマンのスモーキーでスパイシーな風味と共鳴しました。中庸のボディと繊細なタンニンが肉の食感を引き立て、層のある調和を生み出したのです。
《魚料理》
パリウエラ
ペルー伝統魚介のスープ
アヒパンカとイタリアントマトの出汁
二夜にわたるディナーの中でも、最も印象的なペアリングのひとつとなったのがこちらです。
ファットリア・ラ・ヴィアッラのヴェルディッキオ 2022が見事に寄り添い、ワインの引き締まった酸とミネラル感のある骨格が、魚介の持つ自然な旨味を引き立てつつ、アヒ・パンカとトマトの濃厚なブロスを軽やかに仕上げました。
さらに、ほのかなハーブと柑橘のニュアンスが、ペルー版「アクアパッツァ」とも言える料理スタイルに呼応し、ブロスと繊細な魚介の両方を高め合う明るく調和の取れたペアリングを実現しました。まさに掘り出し物のような出会いでした。
《メイン》
アサド・デ・アルバカ
赤ワインとアヒ・パンカで煮る
ペルーのビーフシチュー バジル風味
夜の最後のセイボリー料理――メインディッシュは「アサード・デ・アルバハカ」、赤ワインとアヒ・パンカでじっくりと煮込んだペルー風の牛肉料理でした。この一皿に関しては、少し逆算的なアプローチを取り、レシピそのものをファットリア・ラ・ヴィアッラのスーパー・トスカン「カサル・ドゥーロ 2018」に合わせて調整しました。
このスーパー・トスカンがもつ熟した黒系果実やカカオを思わせるニュアンスは、煮込みの濃厚さとアヒ・パンカの旨味を映し出しつつ、力強いタンニンとバランスの取れた酸がソースの重厚さを引き締めました。料理が供された後、ハルオシェフが各テーブルを回り、仕上げにアマゾン産カカオを牛肉の上に削りかける演出を加えました。そのひと手間がメルローに特徴的なチョコレートの風味をさらに引き立てました。加えて、ワインのスパイス感やほのかなオークのニュアンスがバジルと調和し、層のある豊かなペアリングが完成しました。
ちなみに、アヒ・パンカはスコヴィル値で1~500と非常に穏やかな赤唐辛子で、辛さではなく、その深みのある果実味とほのかな燻香が評価されています。アヒ・アマリージョのような強い辛味を持つ唐辛子とは異なり、土っぽくも甘やかな味わいが特徴です。この料理では、カザル・ドゥーロに含まれるカベルネ・ソーヴィニヨンが、アヒ・パンカ由来のカプサイシンの風味を見事に受け止め、絶妙なバランスを生み出しました。
《デザート》
エラード・デ・ケソ
チーズのアイスクリーム
ペルー産ハーブのワカタイソース
そして最後を飾ったのはデザート。完璧なプレゼンテーションのみならず、マケドニアのワイナリー「アルティザン・ヴィニュロン・ド・ナウサ」のギリシャ産オレンジワインとの見事なペアリングによって、まさに大トリにふさわしい一皿でした。
デザートは、繊細なチーズアイスクリームにペルー産ワカタイソースと地元産イチジクを添え、仕上げに新鮮なワカタイの葉を冠したもの。このハーブは、味わいの点でスペアミントとバジルの中間に位置すると言われ、英語では「ペルー・ブラックミント」とも呼ばれています。
合わせたワイン「オレンジ・ポイント」は、アシルティコとロディティスをブレンドしたもので、偶然にも鮮やかなオレンジのニュアンスを持っていました。このペアリングは見事に成功しました。ワインの酸とタンニンがチーズアイスクリームのコクを切り、ドライフルーツやナッツを思わせる風味がイチジクの自然な甘さと調和しました。実際、ギリシャではアシルティコやロディティス主体のワインが果物とともに楽しまれることが多く、この取り合わせは極めて自然なものと言えます。さらに、ワカタイのハーブの個性は、ワインの紅茶のような芳香的な複雑さに呼応し、甘味・塩味・ハーブ感がワインの構造やミネラル感、奥行きと交わる多層的な調和を生み出しました。まさに、思い出に残る夜を締めくくるにふさわしい美味なる結末でした。
「Rey(王)」の名にふさわしい未来へ
最後に――スペイン語で「Rey」とは「王」を意味します。
その名の通り、ペルー料理レストラン「REY」は、この国が誇る本格的なペルー料理店のひとつとして戴冠する日も遠くないでしょう。
これほどの可能性を秘めた店に出会うのは稀有なことです。REYの歩みの一端を担えたことは、私たちにとって大きな名誉でした。
この素晴らしい機会をくださったハルオさん、留美さんに心より感謝申し上げます。