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Kichi’s Universe吉の物語

Chapter 6

その日の夕暮れ、アニタとフェルナンドは畑に出て、忙しく働いていました。収穫の時期なので、ブドウ畑のあちこちでやるべきことがたくさんあったのです。アニタは、麦わら帽子にウェリントンブーツという格好で、両手を忙しく動かしています。同時に、今日、明日、そして1週間後に、どのブドウを収穫するべきかを作業員に指示しました。収穫の一部を日没後に行うのには、理由があります。夜なら涼しい環境で作業できるからです。これは人間にとってもブドウにとってもありがたいことでした。満月の光に照らされたブドウは、真珠のように輝いています。


アニタはいつでも、きちんと計算し、計画通りに進めることが得意でした。そう、すべては計画通りに、本の通りに行われるべきです。さまざまな品種が収穫される予定です。シャルドネ、ヴィオニエ、ピノ・ノワール、カルメネール、そしてもちろんシラーもあります。アニタとフェルナンドは、自分たちの畑で獲れるシラーは、よそにはない特別なものだということに大きな誇りを持っていました。二人が造るシラー種のワインは、野性的かつフレッシュで、エレガントであり神秘的で、飲む人に活力を与えてくれるような逸品なのです。アニタとフェルナンドは、自分たちの手掛けるワインはすべて、できるだけ自然で、テロワールを代表するものであるべきだと考えていました。そのためシラーは無濾過で、昔のようにブドウの房をすべて使って醸造されます。アニタはこの古代のワイン造りの方法が、『野生のワイン』とも呼ばれる、よりスパイシーで深みのあるシラーを生み出すと信じていました。


さらに、アニタはもう1つ特別な工夫をしました。ブドウを自らの酵母で発酵させたままにしておいたのです。これは『自生発酵』と呼ばれる手法です。その結果、少し冷やして飲むのに最適な爽やかな赤ワインができあがりました。フェルナンドは、ボルドーの葉の香りがするこのシラーを、魚料理と一緒に楽しむのがいちばん好きでした。またこのワインは無濾過のため、ボトルの底に結晶が沈殿することがありました。友人たちがなぜ結晶ができるのかを尋ねると、フェルナンドはこう答えました。

「金持ちにしか貯金できないのと同じで、リッチなワインにしか結晶はできないんだ」


吉がアタバレスにたどり着いた同じ日に、偶然にもアニタとフェルナンドの友人であるオランダ人天文学者が、スターリー・ナイトのブドウ畑を訪れていました。その夜は月が銀色の光で谷を照らしており、空には星が見えませんでした。オランダ人天文学者は、フェルナンドが水利学者と一緒に畑で一生懸命働いているのを見つけました。

「こんな夜遅くまで何をしているんだ!とっくに酒でも飲んでる時間だろう」

オランダ人天文学者はフェルナンドに手を振りながら言いました。

「僕が真面目だってことは知ってるだろう?ハハッ! ようこそ、アミーゴ!北の大地はどうだい?」

「アタカマか。いつ見ても信じられないくらい美しい空だな。ワインと同じように、ここの空は世界中のどこにも負けてないよ!ところで井戸はどうなったんだ?」

「おや、どうなってるか知らないのかい?君は星ばかり見上げていて、地球をすっかり見捨てているようだね。」

「いやいや、今夜の星空こそ、お前に何かを伝えようとしていると思うぞ。お前が井戸に頭を突っ込むのをやめて空を見上げれば、すぐにわかるんだけどね。」 

「待てよ、一体どういう意味だ?」

フェルナンドは尋ねました。

「アニタはどこだ?」

オランダ人天文学者はあたりを見渡しながら尋ねました。

「アニタは畑にいるよ。収穫の夜だからね。」

「そうか。アニタは雨を心配しているんじゃないのか?」

そう言って、オランダ人天文学者は言葉を続けました。

「月を見てごらんよ。周りにぼんやりとした光りの輪が見えるだろう?これは気象学でいうところの22度のハロー、つまり月暈(つきがさ)という現象なんだ。でも、秋に見えるのは奇妙だな」

「ああ、あれか。確かに月の周りにぼんやりとわっかが見える」

フェルナンドが空を見上げると、金色の結婚指輪のような光の輪の中心で、月が妖しく光っていました。それはまるで亡霊のような、どことなく不吉な気持ちを抱かせる姿でした。

「月の周りに輪ができるのは、雨が降る予兆なんだよ。」

友人のオランダ人天文学者は言いました。

「まさか...。キミ、もう酔っぱらっているんじゃないのか?勘弁してくれよ!少なくとも今年いっぱいは干ばつが続くと予想されているんだ。期待させるようなことを言うのはやめてくれ」

フェルナンドが言うと、オランダ人天文学者は目を丸くしました。

「フェルナンド、ことわざを知らないのか?」

「どんなことわざ?」

「月に傘がかかれば雨になる、というだろう?」

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